原作 スタンダール
『赤と黒』
2004/04/23-24 有楽町・朝日ホール
出演(敬称略)紫吹淳/水月めぐ

ただの「朗読会」を「鑑賞に耐える舞台」に変えたのは、
エンターティナー紫吹淳の情熱と才能でした。

私が参加したのは、23日6時半公演、初回でした。
たった1回の鑑賞で詳細レポートに挑戦することじたい僭越なんですが、が、頑張って
観てない人も観た気になれる(!?)レポートに挑みたいと思います。
グレー字のサブタイトルみたいなのは、私が勝手につけました。文体を揃えるために偉そうな言葉づかいになってますが、お許しください。
記憶違い、解釈違いなど多々あるかと思います。あくまで「NEL個人がそう観た」ものとして、読んでいただければ幸いです。そして間違いにはご指摘を頂ければ大変ありがたいです。


***イントロダクション
シーンとした闇に、紫吹淳の男声が響く。

「ジュリアン・ソレルに死刑を宣告する!」

荘厳なクラシック音楽が響き渡る。幕が開くと、スポットライトの中に白いデスマスクが浮かび上がる。目を閉じた死に顔。生首を抱いているのは、黒衣の女。顔は見えない。が、共演の水月めぐと思われる。
彼女が抱いている生首が紫吹淳いやジュリアン・ソレルのものである事は、まちがいない。

女は生首の唇にくちづける。
客席に向かい、口を開く。
彼はこのように私のもとに帰ってきた…しかし彼の心はここにはない。と。
だがわたしは、永遠に彼を愛しつづけます。暗く、激しく、執念とも思える情熱をもって。

黒衣の女・マチルドは、自分とジュリアン、そして憎き恋敵レナール夫人の物語を、語りはじめる。

ジュリアン・ソレルの生い立ち…彼が貧しい生まれであり、身体が弱く親兄弟から疎まれて苦しい境遇にあった事。彼はそれをはねのけようと読書に励み、ラテン語とナポレオンの歴史を学び、それが後のすべての悲劇の原因となった事。

音をさせて本を閉じ、女は退場する。

***ジュリアン・ソレル
舞台シモテにはアンティークな椅子と丸テーブル、スタンドランプ。
カミテにも木のテーブル、水指しとグラス。
奥には灰色の牢獄の石壁を思わせるセットがあり、中央に木の扉がある。
その扉が開き、本を片手にした紫吹淳が登場。白の開衿ブラウス、赤いサッシュベルト、黒のパンツ。セミロングの黒髪。
…美しい。そしてなんという眼光!
これが、紫吹淳のジュリアン・ソレル!
客席に衝撃が走り、息を飲むような音が聞こえた。

不遜な笑みを浮かべ、客席を見渡しながらジュリアンは語る。
俺もいよいよ運が向いてきたらしい、金持ちの家に家庭教師として勤めることになった。
レナールという男は、貧乏人を見下した鼻持ちならない奴のようだが、おれは立派に気にいられてみせようじゃないか。村の女達に「美少年」と言われたこの顔も、役にたつかもしれないさ。
かならず出世してみせる。そう、貧しい生まれのナポレオンが、ジョセフィーヌという女を手にいれ、世界を征服したように!!

だが彼の表情は、ふっと歪む。

…恐れるな、ジュリアン。俺は成功するんだ。
…だがこの心のふるえは何だ。怯えるな、ジュリアン。
「俺は、ナポレオンになってやる!」

***レナール夫人
「家庭教師として参りました、奥様」
壁のむこうで男の声がする。

中央の扉から、夫人である紫吹淳が登場する。
「とうとうやってきたのね、野蛮な家庭教師が!」
戸惑う彼女は、慎ましく襟の詰まった黒いドレスに身を包み、長い金髪を首の横で纏めて前に垂らしている。ちいさな丸顔に前髪がかかり、目を見開いた表情はあどけない程にかわいらしい。
彼女は、愛する自分の子供達を生まれ卑しい家庭教師の男に任せるなど、とんでもないと考えているのだ。おまけに主人ときたら、子供達のベットまで、男の部屋に移してしまった。寂しさと不安とで彼女の心は乱れる。

…だが。
すこしの間をおいて、彼女の表情は夢みるように変る。
ああ…彼はなんて美しいのかしら。
いざ話をしてみると、彼の教養深いことにはびっくりしたわ。聖書もすらすらと暗唱してみせた。
そして、子供達を任せてほしいと言って私の手をとって接吻をした……
この心のふるえは、きっとあのくちづけのせいね…

花のような笑顔で、恥じらいながら夫人は退場する。
(扉の開け方がちょっと男らしかったです)(←余計な感想)

***ジュリアン・ソレル
(やっぱしまだ男装で出ていただいたほうが安心します)(←余計な感想2)
満足げな表情で、ジュリアンは独白する。

おれは子供達に愛情などかけらも感じてはいないが、家庭教師の仕事はおもしろい。
そして、夫人は美しい…………

おれが、栄光への階段を駆け登るときがやってきたのだ。
だがそれには、まず手に入れなければならないものがある。ナポレオンが、高貴なジョセフィーヌの愛を手に入れたように。
そう、おれはあの夫人を自分のものにする。それは金持ちへの復讐、おれの成功への最初の貢ぎ物だ。当然の獲物だ。

…それだけだろうか。
おれは、本心から、あの女性を愛してしまったのか…

彼は表情を殺し、夫人に手紙を書く。
「今晩2時に、お部屋に伺います。大事がお話があります」と。

そしてその夜が過ぎた。

おれが明け方まで彼女の部屋に留まったのは、経験を積んだ男の威厳を表すためだ。
だがそれだけだろうか!?
彼女は本当に、美しい…………。

ジュリアンはうっとりと遠くをみつめている。
頑に自分の才だけを信じている青年の目は、すぐ前にある真実を見てはいないようだ。

***レナール夫人
あああああ、おそろしい!!
夫人はテーブルの前にひざまずき、ふるえながら独白する。
(背中がちょっと男らしかったです)(←余計な感想3)

私はなんということをしてしまったのだろう。
夫でない男と結ばれるなど、かならず地獄に落ちるわ!
そうしたら私の愛する子供たちはどうなってしまうのだろう、何よりそれが心配なのです。
地獄を見て恐れない者がいるでしょうか。

彼女はたちあがる。
か弱い女性の身体の中には強い真実が宿っているようだ。

でも私は、ジュリアンを愛していることを知ってしまった。
私は神の許しを求めない。
だって私は、何も後悔などしていないのだもの!

***マチルドの語り
喪服の女は、全てを知っている。
ジュリアンとレナール夫人の関係が、ひとつの密告によって終わりを迎えたこと。

ジュリアンは厳格な修道院に入り、そこで表向きは聖職を目指し禁欲的な生活を送りながら、やがてずば抜けた教養を認められて、なんと彼の秘めていた野望どおりにパリの大貴族の屋敷に雇われることになったこと。
そう、マチルドの父である侯爵の秘書として、ジュリアンはやってくることになったのだ。

***パリのジュリアン・ソレル
侯爵の言葉も、紫吹淳の男声で語られる。
君がこの侯爵家の役に立つのでなければ、即座にあの陰謀渦巻く暗い修道院に叩き返そう。だが君が立派な男なら、一人で切り抜けていくに違いない。
この大貴族は、生まれの卑しいジュリアンを本心から歓迎しているのではなさそうだ。
嘲笑ともとれるその言葉に、ジュリアンは耐えて内なる野望を燃え立たせる。

こここそが正念場だ。ジュリアン、おまえは成功するんだ。
パリの社交界という舞台の中で、おれの居場所を揺るぎないものにするのだ。
優雅な作法を身に付けて女達を夢中にさせ、ダンスを踊り、貴族たちに気に入られる。
おれなら、できる。…やるんだ、ジュリアン。

マチルドはジュリアンを語る。
彼が持っていないのは、家柄だけだったのです。そのほかの全てを彼は兼ね備えていました。
パリの社交界にも堂々と乗り込んでいこうとする姿勢。
最初のうちは確かに、慣れないことでみじめな姿を晒すことも多かったようですが、瞬く間に彼はサロンの華となりました。
この私に対しても挑むように議論をしかけてくるその態度に、私は夢中にならずにいられなかったのです。

やがてマチルドは、ジュリアンに手紙を書く。
今晩、わたしの部屋にいらして下さい、と。

***心の旅
ジュリアンは勝利の喜びに顔を輝かせながらも、姑息な迷いに揺れる。
本気にしていいのか、馬鹿にされているのでなければよいが?
おれが笑われるような事になっては困る。

結局、マチルドの部屋にやってきた彼の勝ち誇った態度。彼女をすでに自分のものと思い込んでいる傲慢さは、貴族の令嬢の心をひどく傷つけた。
わたしが馬鹿だったのだ。一夜にして、主人を持ってしまうとは。
彼女は怒りと失望にわれを失い、彼に手紙を書く。
あなたとはもう二度と御会いしません、と。

ジュリアンもまた、深く傷付いた。
なぜなら…彼は心から、マチルドを愛してしまったからだ。
静かな独白。
彼は雇い主である侯爵に申し出、旅に出る。女の香りが届かない遠いところまで。

そして旅先で、彼の親切な友人はジュリアンに忠告した。
手に入れたいのであれば、言葉を発さず、行動に出ない事だ…と。

***再燃のパリ
ジュリアン・ソレルは長い旅の末に、侯爵家に戻ってきた。
マチルドは彼のいない間、火の消えたようなサロンでひとり待っていたのだ。
帰ってきたものの今では全く別人のように、彼女など見ようともせず、世間で美人と呼ばれる女達を連れ歩くジュリアン。マチルドの独白は嫉妬に燃える。

このシーンで紫吹淳(ジュリアン)は、目を射るような緋のマントを纏って登場する。
マチルドが(客席も)その美しさに息を飲んでみつめる中で、彼は優雅にマントを外して左手に掲げ、右手で女性の腰を抱くようにマントを抱いて、ワルツを踊る。
妖しい目線が客席に、マチルドに投げかけられる。

何かを、ざっくりとハサミで切る音がする。
再びマントを身につけながら、不敵な笑みでマチルドに向き合うジュリアン。
彼女は、切った髪を彼に差し出して言う。

「あなたへの、永遠の服従のしるしです」

彼は無言で緋のマントを大きく広げ、彼女を包み隠しながら、扉の奥に消える。

***破局のパリ
マチルドは、父である侯爵の力で二人は幸せになれると信じていた。

ジュリアンもまたそう信じていた。侯爵は娘なしには生きられない。そしてマチルドはこの俺なくしては生きられないのだから。
今度こそ本当の勝利だと、ジュリアンの表情は輝く。
生まれ卑しい男が、侯爵の跡取りという地位を手に入れる。最高さ。
おれは成功したのだ。ナポレオンと同じように、女と地位をこの手にできるのだから!
彼は歓喜にふるえる。

だが、一通の手紙がここにあった。
マチルドが手にしたその手紙は、レナール夫人から侯爵に宛てられたもの。
静かな声で、ジュリアンはそれを読み上げる。

侯爵さまがお尋ねのとおり、あの男の過去をお話しいたします。
彼は自分の野望の為に金持ちの家に入り込み、その家で一番信頼のおける人物を陥れるのです。
幸せなひとりの女が彼のために不幸になったことをお伝えいたします。

読み終えてジュリアンは、空ろな目でマチルドに言う。
「そのとおりだ。誰がそんな男に娘をくれてやるものか!」
その手紙をグシャッと握り潰して足元に捨て、ジュリアンは扉の向こうに姿を消す。

***ジュリアンの独白
長い間(のような気がした)の後、再び中央の扉の前にジュリアンが現れる。
銃を手にし、暗い目をして立っている。

おれはやっとの事でピストルを手に入れた。
そしてここに戻ってきた。
礼拝堂の中で彼女はひざまずき、おれに背中を向けている。
おれは密告の代償を求めて、ひきがねを引く。

彼はひきがねを引く。
場内に銃声が響き渡り、舞台の上のジュリアンはよろめく。
独白は続く

これで、おれは数日後には断頭台だ。
頭が空になったように何も考えられない、ただ自分は誰よりもあの夫人を愛していたのだ。

「愛していた」と言って
彼はかすかに笑ったように見えた。

そして少しの間のあと、再び語りはじめる。

夫人は死ななかった!
なんという喜びだろう!
だが俺の人生は終りだ。
23年、短いが、悪くない生涯だった…

裁判の場に出て、ジュリアンは語り続ける。
その立ち姿は最後まで誇り高く、他人に蔑まれることを許さないのだ。

わたしが善良な婦人の命に危害を加えようとした罪は、すべての裕福な人どもが私を追い出そうとしたところから生まれたものです。

勝利できないとわかっていても、彼は姿勢を変えないのだった。
「ジュリアン・ソレルに死刑を宣告する!」
最後に言い放って、彼は舞台から客席への階段を降りる。

そして顔をまっすぐに上げ、見守る観客の視線を受けながら、会場後方の扉への通路を…いや、断頭台への道を上がっていく。
目的の扉から光りが漏れ、ジュリアン・ソレルの姿を呑み込む。

その後ろ姿に、拍手。

おわり
2004/04/25 Text by NEL

追記

振り向くと、ちょうど幕が閉まろうとしていた舞台に
オープニングと同じ衣装でオープニングと同じように
生首を抱きしめてうつむいている水月マチルドがいました
(御報告:ウナコーワ様)


お話の順番とか、取り違えているかもしれないし…どこかスッとばしているかもしれません;
言葉の細かいところまで覚えていないので、朗読された文章とは似て非なる処がほとんどだと思います。
私自身、『赤と黒』の原作をまだ読んでいないのですが(←おい)、この後かならず完読したい所存です(ぐぐっ!←にぎりこぶし)。
だって多分いや絶対、りかさんの演技によって作られたジュリアン像&夫人像と、原作との違いっていうのがあると思うし。

この文章でどのくらい、舞台の雰囲気が伝わるかわかりませんが…
私が一番お伝えしたいのはページの最初にも書きましたように、
紫吹淳の情熱と才能が、ただの「朗読会」を「鑑賞に耐える舞台」に変えた。って事です。
最初の企画では紫吹さんと水月さんが並んで本を読むだけの催しだったはずの所に、セットや小道具を要求し、照明も衣装も可能な限り凝ったのは、りかさんの情熱。
そして朗読の声のトーンや感情移入はもちろん、表情や目使い、歩く姿や仕種の全てで、りかさんは「ジュリアン・ソレル」と「レナール夫人」そしてふたりを取り巻く時代の空気までも表現されていました。観ているこちらにはふたりの人柄や感情の動きがいきいきと伝わってきました。それは才能というか、実力をみた!って感じでした。

あとは御覧になっていない皆様の、想像力におまかせします。
ということで最初はイラストもつけようかと思ってたのですが、イメージが限定されちゃうといけないので、やめました。
至らない文章で失礼いたしました〜。