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ここでは、管理人NELが日々の生活の中で思うことや、綺麗だな〜素敵だな〜と思うものについて語ります。

 2006年 2月3日 節分

今日の夕飯は太巻き。今年の恵方「南南東」に向かい、もくもくと食べました。福が来ますように〜。
もっともこの「まるかぶり」の風習は、ごく近年に大阪の海苔業者がはじめたのに、全国の業者が便乗してるだけ(バレンタインデーのチョコレートみたいなもの)。
本来の節分の意味は「立春の前日」つまり、新しい春を迎えるにあたり、悪いものを追い出す「追難式」をする日であるらしい。豆撒きはその式の名残りですな。
私が小さかった頃は、夜に家中の電気を消して父親が「鬼は外、福は内」と言いながら福豆を撒いて回り、母と私達子供がわあわあ言いながら争って拾いました。なぜ争ったかというと、撒くのはマメだけでなくミカンとかお菓子、現金(硬貨)などで、拾ったら拾っただけ自分のものになったからです(笑)。
そしてこれは本当に小さい頃だけでしたが、子供達は近所のお宅へも拾いにいきました。やはり同じように家を暗くしていろんな物を撒いてくれるのを、沢山の子供達で競争で拾った覚えがあります。ハロウィンの「トリック・オア・トリート」みたいですね。(なので私は、ハロウィン=西洋の節分だとずっと思っていた。実際には「西洋のお盆」が近い。)

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なんにせよ、季節の節目です。
新年の最初の1ヶ月も平和に過ぎ、どうやら今年も無事に冬を越して春を迎えられそうなメドが立ってきました。ありがたい事です。
しかもこの冬は『グランドホテル』公演やリッツでのパーティがあったお陰で、あまり寒さを辛く感じずに済んだかも。りかさんありがとうございます。

そう、京都に引っ越してきてから、そんな事にいちいち真剣に「ありがたい」と思うようになりました…こう気候が厳しいと、マジで冬の間に冷えて死ぬんじゃないかと思うわけですよ。ええ。だいたいお金もないもんですから食費だって光熱費だって最低限に切り詰めてるわけですから。
もしこれが、季節とか気候とか関係なく、いつも快適でいつもおなかいっぱい食べられるのが当然の生活だったら…逆に、いろんな事がわからなくなってしまうかもしれません。感謝などしなくなるのではないかと思います。そして、今よりもっと人の気持がわからない人間になりそうです。それが幸せなのか逆に不幸なのか、よくわからない今日この頃です。

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『手箱』のグランドホテルの項目中に、「リッツの夜」というページを作りました。が………なんか、どう頑張って書いても上手くいきません…自分が伝えたいこと・伝えるべきことが、朦朧としていてちゃんとした文章にならないのです。
やっぱり脳が弱ってるのかなあ;;

 2006年 2月12日 薔薇

こないだの日曜(5日)某先生にお誘いいただき、宝塚大劇場で「ベルサイユのばら」星組公演を観てきました。
ワタルさんフェルゼン、となみちゃんアントワネット、ゆうひさんオスカル…。私にとっては3人共、月組時代に観ている親しみのある生徒さんなので安心して観劇できました。…そう言ってよければ、ある意味「もしかしたら有り得たかもしれない月組」を観てるような気持でした。

又『ベルばら』は20数年前に私が絵(マンガ)を描き始めるきっかけになった作品でもあり…それを語り出すと1晩や2晩はかかってしまうので書きませんけれども、あの子供の頃に衝撃を受けた作品を、今頃になって漸く大劇場で生で観るなんて。…………そんな事、死ぬまでありえないと思っていた。

宝塚を観るの自体、かーなーりお久しぶりだった事もあり、改めて「すごいなあ」と感じ入る事がたくさんありました。
も〜ね、ほんっと〜に、大劇場のあの美術技術はすごい!! 一見意味不明でありながら必然極まる意匠、下品にならない紙一重で止めるきらびやかさ、わざと軽々しく見えるよう計算し尽くされた配色、少女マンガはこうでなくてはいけない。牢獄さえもアラベスクに縁取られ、断頭台への階段は実は大階段で、アントワネットの首が落ちるか否かの間にロケットガールズが出てくる衝撃。
そして勿論、スターさんたちの放つオーラ。クールビューティ祐飛さんの、実は情に流されやすい性質がぴったりハマッた風情のオスカル。白羽ゆりちゃんの、予想どおりに高貴で気高いアントワネット。そしてやはりスウェーデンの貴公子というよりは南国大王の感はあるもののワタルさんならではの男くさい包容力をみせていたフェルゼン。フィナーレの黒燕尾群舞に至っては、トップスター湖月様の「あなたの悩みすべて引き受けますオーラ」が真夏の太陽のごとく輝いていました。本当に立派になられて…(涙)。
そして曲。初演時から変わらない名曲の数々、あらためて聞くと「う〜む」と唸ってしまう(いろんな意味で)。オスカルが歌う「愛の巡礼」など、男役にあの高音を出させることで「この胸の女心」がこれでもかとツボを突くのです。凄い。
そしてそれらが非常に上手く組み合わされ、最高の効果を発揮しているあの舞台空間。一瞬たりともストレスを感じさせず、観客を夢の世界に引きずり込み、意識をそらさせない。すべての女性は少女である、という真理をじつによくわかっている。
あれほどの「魅せる」事に卓越した技術者集団が今の日本に他にあるでしょうか。

一年くらい前にも書いた気がしますが、『芸術家』なんて誰でもなれるのです。本人が「私の作品は芸術だ」と言えばそれでいいのだから。
でも技術者にはそう簡単にはなれません。技術者の凄いところは、あらゆる人に「凄い」と思わせるモノを、安定して生産できるという点にあります。あの大劇場いっぱいの観客を(決して芸術オタクではない普通の人達がほとんどであろうと思われる)ひとり残らず「すごい」と思わせて、なんらかの感動を与えて帰宅させる力。
ああ、私は生まれ変わったら大劇場の裏方職人になりたい………。

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昨日の祝日(11日)は、近所のコミックカフェに行って、うちのMacでは見られないインターネットテレビ『Gyao』の「オスカー美女軍団大運動会」#4を見ました。
…ほんと、自宅にもブロードバンド繋いでるのにわざわざ出かけていって見なくてはならないとは…しかも何故かこういう所のパソコンって、音が消されてる!(東京のキンコーズで見たときもそうだった)
でも今回は、綱引きで頑張るりかさん&ピンボウリングで頑張るりかさんを見られました。特にボウリングでの華麗なフォームは実にカッコよかったので(ハァト)お金を払ってでも見た甲斐はあったと思います。ついでにコミック「ONE PIECE」1〜5巻を読破してきました(←そっちがメインだったんじゃ!?)

にしても、対戦相手のオスカータレントさんにも「紫吹さんは(宝塚時代)女性を持ち上げてた!」(←腕力があると言いたい?)とか「紫吹さんって運動神経よすぎるんですよね」と恐れられていた(笑)りかさん。私などから見れば、タレントさんは皆さんまんべんなく運動神経良さそうだと思うんですけど、その中でも紫吹さんはひと味違うのかもしれません……
今回も「人生はサバイバル!」と言い切っていたりかさん。白組圧勝はまちがいなし。

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ほかに紫吹淳さんの話題としては、2月はテレビ出演がいくつかあるだけで、あとは4月のリサイタルを待つばかり…。
とりあえず明日は「怪傑えみちゃんねる」関西テレビを見なくてはなりません。
はっきりいって不安です。同じ番組で前回はただひとり恋愛ネタがなく、オカルトネタで参入していたりかさん。今回は桂三枝さんもゲストにいらっしゃり、りかさんとはお仕事ご一緒だった事もあるし大丈夫だろう!と安堵したのも束の間、番組予告を見ると何やら…不穏な流れになってるらしい………あああ。
もちろんテレビのバラエティ番組は見世物(SHOW)であって、澄まして座ってるだけじゃ話にならん。「盛り上げてナンボ」だとは解ってるンですけど…りかさんのテレビトークをファンが安心して見られるようになるのは、いつの日か。(いや「安心させない」所がミソなのね、きっと)

 2006年 2月22日 にーにーに

<この春で3才になる『マオ』さん。
生まれて間も無い頃に兄弟達と共にうちのベランダに置き去りにされた、悲劇の少女(その割に今はでっぷり/笑)。1年目に5匹、2年目にも5匹の子供を産んで育てたママですが、今年は獣医さんにつれていって避妊の注射を打っているので、妊娠の心配はありません。去年生まれの子供達と共に、平和な毎日。
今日は猫の日。お魚のアラでも買って帰って、今夜はニャー祭りにゃ〜。

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先週の「えみちゃんねる」出演も心配していた程ではなく平和に終わり、今週は小堺さんの「ごきげんよう」ゲスト、アンドいよいよ、昨年夏に収録済みの2時間ドラマ「『首の女』殺人事件」が放映されます。
ドラマのりかさん、見るのは3本目ですが制作順からいけば2作品目。さーどんなりかさんが見られることやら…

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以前にも書きましたが、私は、紫吹淳さんに関する情報格差がファンの間であまりに広がることは、りかさんの為にもマズイんじゃないかと思っている…しかし、りかさんのほうでは、あえて較差を広げようとしているのかもしれない(としか思えないことがある)。
だから…例えば私は自分が見たイベントや舞台の事はできるだけレポートして「見てない人も見た気になって」もらえたらとても嬉しいし、それが自分にできる「応援」の形だと思っているし、特に地元ローカルモノについては重い責任を感じて書いているのだけども、それがWEBに載せて良い情報なのか、ダメな事なのかは、常に自分で判断し責任を持たなくてはならない。
べつにそれはずっと昔からそうなんだけど…それ自体は当然なので苦でもないのだけど…
最近、なにげない事でも「面倒くさいから黙っていよう」と思ってしまうことが多い…